テレビドラマ『VIVANT』の別班 “乃木憂助”
ご存知、令和5年に世間を騒がした最もホットなドラマです。
このドラマは主役級の俳優が勢ぞろいしたTBSが社運を賭けたドラマで、通常の一話制作費用は約1000万ですが、その10倍も一話制作に費やしたとも噂されており、モンゴルが国を挙げて応援した一大projectのドラマとしても話題を呼びました。
ドラマのあらすじは以下の通り・・・
[人物]丸菱商事勤務のエリートビジネスマン、乃木憂助(堺雅人)は、バルカ共和国(架空の国)のGFL社に1000万ドル送金したつもりが実際は1ケタ上の1億ドルを誤送金。その差額9000万ドルの返金を求めて単身バルカへ飛びますが叶わず、「誤送金を装った横領」の疑惑をかけられます。
アメリカCIAに所属する高校時代の親友を頼りダイヤモンドに代えられた一億ドルの行方を掴んだ乃木はアマン建設会社に潜伏しているテロリストの幹部に会いに行きます。その道中騙されて砂漠に一人置き去りにされる乃木ですが、アディエルとその娘ジャミーン親子に辛くもその命を救われます。しかし爆破事件に巻き込まれ、アディエルは死亡。ジャミーンは孤児に、乃木はその爆破事件の被疑者となってしまいます。
持病のあるジャミーンの主治医、柚木薫(二階堂ふみ)と共にバルカ警察から逃亡する乃木。公安の野崎守(阿部寛)とその部下、失語症のドラム(富栄ドラム)らに助けられ共に日本大使館に駆け込み、日本に帰国します。
VIANTとはフランス語で「生きている」「活気のある」「賑やかな」等の意味があるそうですが、作中では、バルカの発音で「別班」が「ヴィヴァン」と聞こえるという設定です。警視庁表舞台の公安と対比される存在で公安でさえ「別班という組織がある」という程度しか聞かされていないものの、日本で実在する組織だそうです(乃木は別班の1員で丸菱商事社員は世を忍ぶ仮の姿なのです)。
帰国した乃木は、丸菱商事財務部の太田梨歩(飯沼愛)が実は世界的なハッカー「ブルーウォーカー」で、誤送金事件の実行犯。その裏に「TENTO」というテロ組織が存在することを掴みます。同じく別班の黒須駿(松坂桃李)と共に太田に接触した乃木は太田を寝返らせることに成功し、「TENTO」へ潜入する事に。
一方で同じく別班を追う公安野崎は「TENTO」のシンボルマークと乃木家の家紋が同一であることを知り乃木の過去を辿ります。「TENTO」のリーダー“ベキ”こと乃木卓(役所広司)が乃木憂助の実の父であること、ベキが元公安でバルカ共和国の内情を探るために農業施設団の技術職として潜入したところ公安であることが発覚してしまい、自身と家族に危険が及んだ際、当時の上司である上原史郎(橋爪功)に見捨てられたこと、バルカで物乞いをさせられていたところを日本人に偶然保護され、帰国後暫く、児童養護施設に身を寄せていたこと、その際全ての記憶を無くしており暫く丹後隼人として生活していたことを突き止めます。
「TENTO」への潜入にした乃木はベキが息子同然に扱うノコル(二宮和也)らと過ごす内「TENTO」の目的が、テロや犯罪行為を他から請け負うことで収益を得て、その金でバルカ国内の孤児達を救うことで無差別テロとは違い、人への危害は最小限に留めていると知ります。更にベキから乃木の母親はイスラム系武装組織に殺害されたことや、ずっと憂助を探していた事を知らされます。潜入が発覚した際乃木はベキの問いに、突然、「言うな!」と頭の中で“F”の声が聞こえ、また、頭痛が出てしまいますが、それを我慢しながらも「私は、別班の任務としてここへ来ました」と答えます。この“F”というのは乃木が帰国した位に生まれた別人格で度々登場します。独り言が激しい変わった子ゆえに、日本でも周りからはいじめられるようになっていき、“F”が度々現れるようになります。
[頭痛のエピソード]この“F”の人格が出る度に、乃木は強い頭痛に悩まされます。
結局ベキたちは罪を償うために来日するが、すぐに逃亡。ベキの本当の標的は日本にいる内閣官房副長官で元公安部外事課の上原です。妻・明美(高梨臨)、つまり乃木の母親の「私たちをこんな目に遭わせたやつを、私は絶対に許さない。復讐して」という言葉、そして上原への憎しみを胸にベキは上原の元へやってきたのです。
ドラマのラストシーン、電話でノコルはベキが日本に渡る前に「憂助は必ず私を追ってくる。私を殺されなければならない立場だ。任務のため、大義のため。父親の命より国を守ることを優先する。憂助が私を殺すなら、日本もまだまだ見どころがあるということだ。憂助に止められるなら、明美も許してくれるだろう」と言われていたことを明かす。「お父さんは憂助に撃たれて幸せだったはずだ。ありがとう、兄さん」と言い、バルカに墓を建てたいと話すノコルに、乃木は「皇天親無く惟徳を是輔く(天は公平で誰かを贔屓することはなく、 徳のある人を助けるものだ)」ということわざを告げ、「花を手向けるのはまだ先にするよ」と言い残した。
[推定診断とその根拠]堺雅人扮する乃木憂助と“F”という二重人格、医学的には「解離性同一性障害」という病態で、必ず“F”が出現する時、乃木憂助は頭痛を感じています。
「解離性同一性障害」で人格が変わる時は、頭痛が必発すると考えられており、そのタイプは片頭痛に似ており、さらに激痛であり、人格交替が完了すると、すーっと痛みが引くのも特徴のようです。最新の国際頭痛分類でも「精神疾患による頭痛」とまでは分類されていますが、細かくは分かっていません。主人格(このドラマでは乃木)に戻った後も頭痛が出ることが多いようですが、交替人格(このドラマでは“F”)は頭痛を通常は感じず、副人格から他の副人格に交替する際にも頭痛が起きません。主人格が交替に強く抵抗すると、頭痛も酷くなるようです。頭痛の発症機序は不明ですが、通常は活動していない神経経路が瞬時に活性化され、酸素消費量が爆発的に増加するため、頭蓋内の血行動態が急激に変動する可能性があり、結果的には血管拡張による片頭痛の状態に似た頭痛になると考えられます。事実、「解離性同一性障害」では全体の約30%程度が慢性的な頭痛に悩んでいることが多く、片頭痛パターンもしくは片頭痛に緊張型頭痛を併発したパターンがほとんどで、緊張型頭痛のみのパターンはないのです。
[予防とケア] 頭痛の治療に関しては、服薬により頭痛を軽減させるというよりも人格交替自体をコントロールしないと頭痛は減らないのです。
④映画『バニラ・スカイ』の何不自由ないハンサムボーイ “デヴィッド・エイムス”
『バニラ・スカイ』は2001年にアメリカで公開されたハリウッド映画作品。完璧な人生から一転、悪夢に見舞われた男(トム・クルーズ)の混乱と苦悩を描くサスペンス・ラヴ・ストーリーです。1997年に公開されたスペイン映画「オープン・ユア・アイズ」のリメイク権を手にしたトム・クルーズ自らが製作を手がけ、主役である恋多き若き実業家を熱演しました。
[人物]父親の後を継いだ、大手出版社のオーナー、デヴィッド・エイムス(トム・クルーズ)は、何不自由ない生活を送っていました。デヴィッドは自身の誕生日パーティーで、親友で売れない小説家ブライアンの同伴者ソフィア(ペネロペ・クルス)に一目惚れしてしまいます。セックスフレンドとしてしか考えていないジュリー(キャメロン・ディアス)に飽き始めていたデヴィッドは、彼女の目を気にしながらソフィアに近づいていきます。パーティー会場の上階にある自分のofficeにソフィアを連れて、母親から相続したクロード・モネの絵画「La Seine a Argenteuil(アルジャントゥイユのセーヌ川)」、通称「バニラ・スカイ」をソフィアに説明します。バニラは白くて甘いという意味だけではなく、「幻想」や「質素で余分なものや装飾品のない」、「ありきたり」などの意味がありますが、デヴィッドは「バニラ色の空だ」とだけ説明します。
その後、二人でパーティーを抜け出して、ソフィアのアパートに向かったデヴィッドは、互いに打ち解けあい、語り合っただけで一夜を過ごすします。それを知ったジュリーは、恋人でもないソフィーに嫉妬します。そして車にデヴィッドを無理やり乗せ、ジュリーはデヴィッドのことを単なるセックスフレンドではなく、本当に心から愛していることを告げるのです。興奮状態のジュリーは、デヴィッドを乗せたまま、車のスピードを上げていき、時速80マイルのまま高架から転落し壁に衝突、自ら事故を引き起こします。運転していたジュリーは死亡し、デヴィッドは、昏睡状態から意識は戻るものの、整った顔は醜く変わり果て、崩れ体は歪んでしまいます。
[頭痛のエピソード]GradeⅢ(重度の創傷)で両側眼窩内骨膜下血種(要するに両眼を包んでいる骨の奥の出血で視力障害を残すことが多い)を併発し、激しい慢性の頭痛に悩まされます。
変わり果てた自分の姿を受け入れられないデヴィッドは、最高の外科医たちに、金に糸目はつけず、できるだけの治療を頼みます。しかし手術にも限度があり、ついに彼はかつての顔を取り戻せないことを悟るのです。追い打ちをかけるように、7名の役員達に会社を奪われる危機までむかえます。社会復帰すらできず、外見に対する周囲の目を気にするあまり、偏屈になっていくデヴィッド。意を決して素顔でソフィアに会いに行くものの、ソフィアの好意や親友ブライアンとの友情も信じることができず、現実から目をそらすように酒をのみ、酔い潰れて路上でも構わず寝てしまうのです。
路上で目覚めたデヴィッドは自暴自棄に陥り、一人で虚しさを抱えながら家に帰ります。ソフィアへの失恋と、手術による慢性的頭痛に苦しみ、耐えられなくなったデヴィッドは数か月間自宅にこもる生活、その時にネットで知ったLE社の自身を冷凍保存して覚醒するまで自分にとって幸せな夢をみられるシステムを知ります。LE社と契約するのですが、惨めな変わり果てた顔、そして「スチールの歯が頭をスライスしているくらい痛い頭痛」に耐え切れず、薬を飲んで自殺してしまいます。自殺後、契約していたLEシステムにより、自殺の記憶は消され、冷凍保存された体は夢を見ます。夢の世界では、ソフィアは醜い姿に変わり果てたデヴィッドにも、優しく寄り添い励まします。そして、最新の手術で顔も元通りに甦るのです。デヴィッドは元の幸せを取り戻し、悩みなくソフィアと自分が描いた理想の恋愛を始めるのですが。でもそんな夢がやがて悪夢へと変わります。ある夜デヴィッドは、鏡の前の自分の顔が崩れている夢を見ます。自分の顔を鏡で確かめてベッドに戻ったデヴィッドですが、今度は、隣に寝ているはずのソフィアがジュリーに代わっているのです。ジュリーを粗末に扱ったために精神錯乱状態となったと感じるデヴィッドは自分から自宅に侵入者(ジュリーのこと)がいると警察を要請します。しかし、ふと我に戻ると、デヴィッドはジュリーを暴行して警察に捕まり、ブライアンには、意味不明の言動を繰り返すと見限られてしまいます。それでも、またソフィアと名乗るジュリーに何度も出会うデヴィッドは、何が起きているか理解できなくなり、恐怖で取り乱してしまい、ついにはソフィアを殺してしまい、また、逮捕されてしまいます。
この混乱した世界は、夢なのかそれとも現実なのか?、そんな悪夢を作り出したのは、デヴィッドの罪悪感と疑心暗鬼・・・、夢と現実の区別がつかなくなっていたデヴィッドは、逮捕された獄中で精神分析医を呼びます。エリー(LE)という名前まで行き当たり、精神分析医とともにLE社を訪れます。そして、LEシステムの救護員から信じられない真実を告げられます。LEシステムとは、人体をマイナス127℃で冷凍保存させる生命維持装置で、デヴィッドがそのLE社と結んだ契約で本当は仮死状態の中、意識だけは現在も生きていて通常の生活を送っているという・・・夢を見ており、夢を見始めてからは150年もの時が経っていることを知ります。現実の世界に戻るか?このまま夢の世界を漂うか?、デヴィッドはLE社のシステム救護員から選択を迫られます。夢を見始めてから150年が経ち、現実に戻れば、進歩した医療技術でデヴィッドの顔は直せます。しかし、かつての財産はとうに尽きています。夢を見ていれば、ソフィアは理想の愛情をくれ続けます。しかし、それは単なる夢の世界です。デヴィッドは現実に戻ることを選び・・・。
[推定診断とその根拠]実際にデヴィッドに起きた頭痛は「頭部外傷による持続性頭痛」と診断できます。しかし、重度の創傷や両側眼窩内骨膜下血種を伴う事故では確実に頸椎の損傷を伴っており、緊張型頭痛が当然起こります。重度の外傷が完治しないまでも安定状態となった後にも極度の精神的ストレスや急激な生活の変化が起こると免疫機構が過剰反応を来し緊張型頭痛が慢性化する過程で「新規発症持続性連日性頭痛」を介するとも診断ができます。
[予防とケア]デヴィッドのように全てにおいて恵まれた環境下の人間には難しいのでしょうが、人に対する思いやりや相手がどのように感じているかを感じられる心があれば・・・、悲惨な事故は起きなかったでしょう。と言いますか、それでは映画にならないのですが・・・。
※新規発症持続性連日性頭痛
頭痛の既往がない患者に起こり、頭痛は発症時から寛解することなく、連日起こる点が独特な頭痛です。患者は発症時点を正確に述べ、慢性緊張型頭痛と異なります。発症時点がはっきり分かる頭痛は二次性頭痛に多く存在するため、他の一次性頭痛同様に諸検査により二次性頭痛の否定なしには診断は出来ません。①~⑤の特徴のうち少なくとも2項目を満たすものを「新規発症持続性連日性頭痛」と診断します。
- 両側性
- 圧迫感、締めつけ感(非拍動性)
- 程度は軽度~中等度
- 歩行または階段を昇るなどの日常的な動作により増悪しない
- 光・音過敏、悪心はあっても1項目のみ
治療法に関し明確な標準薬はないのですが、自然に寛解するタイプと、積極的治療法に抵抗性を示す難治性のタイプがあり、ガバペンチンやトピラマート、片頭痛の予防薬でもあるアミトリプチリンなどを使用しますが治療効果は良くありません。